2012年06月15日

結んで、開いて

その往復をどう考えるか?
それもまた長い間答えが出せなかった、問いの一つである。結ぶのが良いのか、開くのが良いのか。
古典的な啓蒙主義に竿さすならば、端的に開く方が良い。そも啓蒙とは、暗きを開くことである。が、マニエリスムの末席に座る者としては、結ぶ方に肩入れしたいわけである。何より人と人が結びつくことには、喜びがあるではないか。
が、小さな齟齬がずっと頭から離れなかった。それは、憂鬱を「結ぼれ」と呼ぶこと。結婚の先に待つのは憂鬱? と、何やら古めかしい人生訓のようなイメージはさておき、どうも結べば上がりということでもなさそうだ、と。つまりは、固定が問題なのではないか? そう考えられるようになったのは、随分後になってからだった。

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posted by Kazuki at 13:45| 『日々これ紙片』