2012年06月08日

新しいモノと死の魅力

ここ四半世紀の個人的葛藤は、次の一文に集約されていたと言っても過言ではない。

「ファッションがそもそも<近代>固有の死物フェティシズムの表現形式だと分れば、<死>とファッションの結びつきが構造的なものであることは自明だろう。」高山宏著『目の中の劇場』303頁

死物フェティシズム!
使い捨てを頂点とするあらがい難い消費欲、モノに魅入られる魔術的経験を、これほど見事にあらわした言葉はない気がする。
通常、新しさは元気に結びつくと考えられるはずだが、「新」という漢字の原意は「位牌」である。死人が出ると新しく木を選んで切り倒し、位牌を作ったことからその字はできた。世界に新しくつけ加えられるモノは、のっけから死と根深く関係していた。ちなみに、「親」という字は、一番よく見る位牌が親のモノだかららしい。
ともかく、消費物が持っている死の魅力にどう抗するのか? それなくしては人間社会の全体が成り立たなくなっているとはいえ、未来へのつけを少しでも抑えられないものか。それが、長い間のぼくの大きなテーマだった。カードゲームに惹かれている大きな理由は、「くり返し使われるモノ(=紙片)」を作りたいからだとも言える。

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posted by Kazuki at 21:23| 『日々これ紙片』