2014年09月17日

『パールへの道』14:研修とうつと起業

3.11の記憶が世間から薄れるのに反して、ぼくはそこに留まり続けました。意志があってそうしたのではなく、自分にとってはごく自然な状態として。簡単に忘れられる問題ではなかったからです。しかし、その亀裂が大きくなるにつれ、気持ちのバランスも崩れていきました。
村土くんの言葉を借りれば、ぼくは「忘れられないバカ」になっていったわけです。

そんな中、会社の指示で研修を受けることになります。某大手企業が実施する管理職研修でした。
研修自体はよくできていたと思います。それまでの在り方を振り返り、この先どうしていくべきかを模索する内容でしたから。けっこうな費用をかけてもらっているのは知っていたので、自分の気持ちを押し殺して頑張って取り組みました。

しかし、今から思えば、それは無理のし過ぎでした。
よくできた内容だったからこそ、メタ感覚の強いぼくには枠組の強さが極度のストレスになりました。前提のフレームは問題にされないのね…と。また、内容が旧態然としていたことも、そこへの回帰を悩むぼくにとっては重いものでした。つまり、「どうしていくべきか」は、あくまで「3.11以前の在り方」だったわけです。
弱いと言われればそれまでですが、自分で制御できる領域の話ではなく…。たまっていた不安と心労がついにあふれ、ぼくは壊れてしまいました。

人生で一番つらい数ヶ月でした。出勤するのが極度の苦痛になり、座っているのがやっとという時もありました。あるいは、休日にほとんどふとんから出られなかったり…。それは人生で初めての経験でした。結局、病院に行ってうつの薬を出してもらいます。また、少し長めのお休みを取ったりしましたが、いろんなことをごまかす生活でした。


悶々とした苦しい日々が続きました。
最終的に、その他の問題も重なって会社からは離れざるをえなくなります。一方的なリストラなどではありませんでしたが、ことの流れを思えば残念と言わざるをえません。年が年だけに、厳しい話でした。

ただ、妻は気持ちの部分を一番に心配してくれました。「何かやりたいことはないの? 悔いが残る人生はよくないよ」と。
もちろん、一番やりたいのはカードゲームをつくることでした。人生の全体を通して、そこに行き着いたのですから。いろいろと不安はありましたが、ともかくぼくは青い街の創業に舵を取りました。その時点では、自分に正直になる以外、気持ちを立て直すことができなかったからです。結果として薬への依存はやめられ、今日に至っています。

そうした経緯ですから、ビジネス全体によくできた計画があったわけではありません。幸い、作品自体はすでに4つあり、5・6作目もほぼまとまっています。いずれも自信があり、評判も悪くはありません。が、それらを売っていくのはまた別問題。日々、試行錯誤をくり返しています。

そんな内情は正直に言うべきではないのかも知れません。つらくてもそう見せないのが経営者だとも思います。しかし、ここをごまかすのはフェアじゃない気がするのです。
そして、もしかしたらぼくと同じように苦しんでいる人に、「一人じゃないよ」と伝わるかも知れません。特に3.11の後遺症はいろんな形で潜んでいる気がします。孤独はつらいことですから、救いの可能性はとても大切だと思うのです。


さて、経営自体は今日・明日に破綻するわけではありませんが、印刷代はやはり大きな負担となります。クラウド・ファンディングに参加しようと思ったのは、そのリスクをコントロールしたかったからです。8月初旬に一気に構想をまとめました。

どのゲームを対象にするかは少し悩みました。
新作はネタばれになってしまうため、あまりよろしくありません。『UNGERADE/奇数』とどちらにするか迷った結果、『PAAR/恋人同士』を選びました。知らない人とつながる意味でも、それはピッタリの選択だったと思っています。

クラウド・ファンディングに参加して嬉しかったのは、友人からの支援です。また、久しくやりとりが途絶えていた知人からも応援してもらいました。
さらに、直接は存じ上げない方からの暖かいメッセージには本当に励まされています。
そして、青い街の活動全体に興味を持ってくれた田原真人さんの提案で、この文章を書き始めました。感謝すべき出会いであり、貴重なつながりでした。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
さて、次回は最終回、「平和への道」です。


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posted by Kazuki at 11:38| 『パールへの道』