2014年09月17日

『パールへの道』10:動くことは活きること

個展が終わっても、しばらくは制作を続けていました。
追加で注文を受けた同じタイプの作品と、さらに発展させたものを1点。ただ、それらの制作には軽い違和感がありました。開いた展覧会が明確に一個のピリオドだったからかも知れません。
また、オープニング・パーティーがあまりにも楽しくて、「人が集まるのってやっぱりいいなぁ」としみじみ思っていました。展示なしで、それだけでいいんじゃないかというくらい。

一方、一冊の本が新しいインパクトを与えてくれました。松宮秀治さんの『ミュージアムの思想』です。これまたぼくの人生の中では五指に入ります。ヨーロッパの博物館文化を切れ味するどく考察した本でした。
18世紀、イギリスの貴族はエジプトの墓から掘り出した大量の宝飾品を集めていました。産業革命などで得た富をそこにつぎこんでいたわけです。中でもハンス・スローン卿のコレクションは膨大なものでした。そのスローン卿が亡くなり、主人を失った彼のコレクションが大英博物館のもとになります。世界最初の博物館をつくり上げたのは、遺品の移動と集中でした。博物館とは死んだモノを保管しておく場所と言えます。


ぼくの作品が博物館に入ったわけではありませんが、それがアートである限り、モノとしての指向性は同じです。
つまり、ぼくとしては、もう少し生きたものに近寄りたいと感じ始めていたわけです。もっと猥雑といいますか。パーティーに感じた楽しさは、その象徴だったのでしょう。
転換のヒントは印刷技術の研究から得られました。

印刷の版には大きく2つの種類があります。ページ全体を1枚の版木に彫りこむ整版と、1文字づつを内容にあわせて組み合わせる活版です。
歴史的には整版が先に発達しました。木を彫ってつくるには、整版の方が手っ取り早いからです。特に東洋には膨大な数の漢字がありましたから、それをあらかじめ準備しておく活版は現実的ではありませんでした。

活版の発達は、これまたルネサンス。ヨハネス・グーテンベルクによって印刷術として体系化されました。と言っても、グーテンベルクが印刷技法の全てを考案したわけではなく、画期的だったのは印刷機です。ヨーロッパの田舎にはワインをつくるために、ぶどうをしぼる機械がありました。これを改造して版に圧を加える印刷機をつくったのです。イノベーションっぽいですよね。

その後、鋳造技術の発達もあって、印刷の主流は金属活字へと移っていきます。
ちなみに、漢字の金属活字をつくったのもヨーロッパの人たちでした。キリスト教を中国に普及させるため、中国語版の聖書をせっせと印刷したのです。
明治維新後、日本人が金属活字の技術を学んだのも、上海にあったキリスト教系印刷所の技師から。活版印刷技術はキリスト教と深い関係を持ちながら世界中に広がっていきました。


さて、ぼくが興味を持ったのは「活字」という呼び方でした。
その意味は、一旦印刷のために組まれた文字が、再度バラバラにされるところから来ています。つまり、固まった状態から解放され、動く状態を「活きている」とみなしたのです。英語で言えばMovable Type。死んだものは動かず、活きているからこそ動けるわけですね。

そこから、本とカードの対比が思い浮かびました。
本はその形態自体で人を魅了します。集めただけの紙の束はそれほどでもないのに、それが「本」になったとたんに愛着がわきます。その魔法がずっと不思議でした。
製本の勉強が、自分なりの答えに導いてくれました。糊で背を固める加工は紙の束を動けなくすることですが、それは昆虫採集に似ています。文字という蝶を奇麗にならべる喜びであり、博物館の魅力にも通じます。死物フェティシズムの香りがするわけです。
知識というのは本来残酷なもので、分るも解るも同じ字義。牛の角をさばくことを意味しました。

もちろん、本や博物館が悪いわけではありません。文化は分けることと組み合わせることの循環によって活性化されるからです。どちらかの状態で止まっていることこそ、メタな意味で本当の文化的停止と言えるでしょう。
ただ、ぼくは動く方により比重をかけたいと思ったのです。1枚づつでひらひらと舞い、組み合わせによってその都度新しい意味を生み出すカードに。

別の言い方をすれば、家族を絵の中に押し込めるのではなく、家族が楽しめるものを作りたくなったわけです。つまり、何となくカードに興味を持ったというよりも、ある種の理詰めでそこにたどりついた感じでした。
もちろん、おさない頃のいろんな記憶が、そうした発想を大きく後押ししてくれました。パズルのピースが納まるように、カードゲームというアイテムがぼくの心にはまっていったのです。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
さて、次回は「ドイツと川崎」です。


next4.png
posted by Kazuki at 11:42| 『パールへの道』