2014年09月17日

『パールへの道』4:弟のこと

実を言えば、弟のことはそれほどよく覚えていません。しかも、いくつかの記憶は残された写真を見て後づけされたものだと思います。
というのも、弟は幼くしてこの世を去ったからです。

その日のことは断片的に覚えています。
外で遊んでいる時、ケンカのような感じになって別々に遊び始めました。その後、弟は近くの川に落ちてしまったのです。道路の脇を流れる川で、柵もガードレールもありませんでした。

記憶はとても断片的で、泣きくずれる母親の姿やお葬式の情景をうっすら覚えている程度。ともかく、全体として何が起こっているのか、よくわかっていませんでした。ぼくは5歳だったと思います。
家族の中で亡くなった者はまだおらず、「死ぬ」ということ自体にリアリティがありませんでした。

状況からして責任を感じてしかるべきだったとも言えます。兄なら特に。
ただ、それはあまりに重い責任ですし、5歳の子供に自覚できるものではありませんでした。しかし、その「わからない」という状態を、何だかとてもいけないことだと感じたのです。死について考え始める契機でした。


おそらく、ただ単に絵が好きなだけなら、そのまま趣味で終わったと思います。
そこに死の観念がからむ時、芸術への志向が生まれます。自分はいつかいなくなる存在だという強烈な自意識が、芸術の大きな特徴だからです。

「メメント・モリ」という言葉があります。「死を忘れることなかれ」という意味のラテン語で、長い間西洋芸術の大きなモチーフでした。
あるいは、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ氏。大江健三郎さんの『日常生活の冒険』の中に、彼の書いた詩が出てきます。それは「死者を死せりと思うなかれ 生者あらん限り 死者は生きん 死者は生きん」というものでした。覚えている者がいる限り、死んだ者は死んだことにならない、という意味です。

『神経衰弱』に関して言えば、記憶の楽しい面を競う遊びでした。一方、死に関する記憶は恐怖や罪悪感をともなっています。それはある種の強迫観念に近いのではないでしょうか。記憶にも明るい面と暗い面があるわけです。
以前、友人の村土くんが「バカというのは、覚えられないか、忘れられないかのどちらかだ」と教えてくれました。なるほどなぁ、と思ったものです。


さて、弟が亡くなってからの3年間ほど。母は毎夕お経をとなえ、弟の冥福を祈りました。ぼくも同席を求められ、となりで一緒にお経をとなえていました。お寺の子供ならばいざしらず、おそらくこれまたかなり珍しい体験だと思います。
自分も親になった今ではよくわかるのですが、母にとっては本当につらいできごとで、「そうしないではいられなかった」と話していました。

いずれにせよ、その体験もまた死を意識させるに充分でした。宗派は浄土真宗ですが、仏様に向き合えば自ずと生き死にを考えます。
弟の死というショッキングなできごと1回だけでなく、日々の中でも生死を意識する習慣があったと言えます。


時代はずっとくだり、自分の子供として男の子二人に恵まれました。
それを願ったわけではありませんが、兄弟が遊ぶ姿を見られたことは、ぼく自身の人生にとってもっとも大きな救いでした。

長男が小学1年生の時、一緒にぼくのアルバムを見たことがあります。実家に里帰りをした時、たまたま寝る部屋の本棚に置いてあったからです。そこには、今は亡き弟の小さな姿も写っていました。
「これ、誰?」と長男が聞いてきます。
「これはお父さんの弟なんだよ。このあと死んでしまうんだけどね。だからお父さんは弟に優しくしてやることができなかった。リンくんはタッくんを大事にしてあげてね。」と答えました。

彼はあいまいにうなずいていましたが、きちんと伝わったと思っています。その後、本当に優しい兄貴になってくれましたから。
勉強は、まぁ、できたりできなかったりですし、いろんなことに不器用ですが、兄であるという一点に関してはとてもいいヤツです。もちろん弟も。二人いるからこその「兄弟」です。


芸術家にとっては何らかの欠落を埋めることがエネルギーになります。そして、そのエネルギーが他の人に伝わる時、救いになるのだと思います。
ただし、芸術家自身は欠落の深みにはまっていくので、あまり救われることがありません。それが、昔ながらの芸術家の姿でした。

一方、20世紀の半ばから、アートはビジネスとして確立し、アーティストはもっと軽やかになりました。ビジネスマンであることを良しとされ、現世での成功が勲章となっています。
もちろん、それはそれで悪くないのですが、ぼくはどちらかと言えば古い文化に属しています。つまり、そのままでは救われないタイプですね。

むしろぼくを救ってくれたのは、創作活動よりも自分の子供たちでした。過去を取り戻すことはできませんが、そこに自分が失った関係を重ねられたからです。
両親や妻に対してと同じくらい、あるいはそれ以上に、子供たちに感謝をしています。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
さて、次回は「メタ視点」です。


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posted by Kazuki at 11:48| 『パールへの道』