2014年08月17日

「美しい」って、やはり魅力的なのですね

南くんが貸してくれた『風立ちぬ』のDVDを、ようやく見ることができました。まずは、感謝! 
最近は映画を鑑賞する機会がぐっと減っているので、貴重な時間になりました。

さて、映画に関してですが、宮崎駿作品としてはかなり変わったトーン。見ていて随分複雑な気持ちになりました。何だか宮崎監督の懺悔を見ている気がして…。
懺悔の対象は、飛行機と煙草ですね。どちらも「悪い」部分があるのだけれど、やめられない。「いや、良くないことは分っているんだけどね…」と。

『紅の豚』では、加藤登紀子さんに「バカ」と言ってもらうことが免罪符になっていましたが、『風立ちぬ』にはそうした欺瞞がありません。実際、『紅の豚』は極めて偽善的な構造を持っていました。ポルコ・ロッソは犯罪者を叩きのめさない(さらに言えば、殺さない)ことで、次の犯罪を発生させ、くり返し荒稼ぎをします。暴力がシステムと結託しているわけですね。

一方、『風立ちぬ』では飛行機は戦争の道具になることが何度も指摘されます。しかし、それにはえも言われぬ魅力があって、追い求めることをやめられない。「美しい」という形容が理想をあわらす言葉になっていました。
煙草に関しては、さらに分が悪いですね。結核の奥さんのとなりで煙草を吸うシーン(=奥さんが吸っていいと許す言葉)は、宮崎駿監督自身が求めている気がしてなりませんでした。

いささかうがち過ぎでしょうか? ただ、だからダメとかおもしろくなかったわけでなく、最後の作品として「ふさわしい」感じがしました。
変な言い方ですが、商業システムに入る前の「若さ」が感じられて、人はそういう風に出発点に戻っていくのかなぁ、と。そんなことを思いながら、見させてもらいました。


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posted by Kazuki at 20:33| 『日々これ紙片』