2013年08月03日

「崖っぷち」の感想

DVDで『崖っぷちの男』という映画を見ました。
http://disney-studio.jp/movies/gakeppuchi/

端的には「おもしろい」映画。ハラハラドキドキが危なげなく見られる、という形容矛盾がピッタリの優等生的サスペンスでした。
が、今となっては、見る側(要するに、こちら側)が変わってしまったなぁ、との感慨も大きく…。メタ視点なしには、ハリウッド映画は見られるなくなっている気がするのです。

歴史的に、ハリウッドはインディアン、ドイツ、日本、ソ連、イスラムなどを敵役にして、国家を正当化するカタルシス映像を提供してきました。さすがに、あまりにあからさまなものは抑制されてきましたが、それでも独特の「大げささ」は底流していて、そこのところのリアリティが薄れてきている次第。
犯罪に対するハイテクかつスピーディーなシステムを見ていると、「カッコイイ」と思う反面、「何をそんなに怖がっているのだろう?」との疑念がわくのです。この映画もそうでした。

別な言い方をすれば、ブラッドリー・マニングさんやエドワード・スノーデンさんが暴いた、国家の異様な活動。そのあたりが普通であることの感覚の違いを、悩ましく感じる次第です>ハリウッド映画鑑賞

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posted by Kazuki at 23:46| 『日々これ紙片』

2013年08月02日

表と裏

光があれば陰があり、表があれば裏がある。
その片方だけを切り出すことが苦手なわけです。
美辞麗句のごりっぱな演説にはたいてい裏がありますし、かといって人間の本来的な姿を下品な性にだけ求めるのは近視眼的。清濁あわせて、世界の表象なのだと思います。
カードゲームにある種のミクロコスモスが感じられるのは、バラエティに富んだ「表」と同じ絵柄で画一的な「裏」が両方あって、初めて成り立つからかも知れません。

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posted by Kazuki at 22:41| 『日々これ紙片』

2013年08月01日

裏の文化

前回は「貧しさこそ、日本文化」的なことを書きましたが、かくいうぼくの原体験もその一種。
かつて新聞の折り込み広告(中でもスーパーのチラシ)は片面1色ないし2色刷りで、裏面は真っ白でした。で、その裏面こそ小さい頃のぼくのキャンバスだったわけで、表面に有用な情報が載っているからこそ、その裏で思い切り遊べた次第。市販の画用紙を買ってもらって表面に描く時の、誇らしさに罪悪感が交じる感じは独特でした。つまり、落ち着かない。
そういう意味では、サブ(副)カルって言い方はあんまり好きじゃなくて、端的にアンチ(裏)なわけですよ、俺(ら)は。光が強いほど闇が濃いように、日向が健全なほど陰で気持ちよく遊べたわけです。
が、昨今残念なのは、表の(政治や経済)があまりにも白痴的なので、裏で遊んでる場合じゃなくなっていること。
再生可能エネルギーやアグリビジネスに、ムクムク興味がわいてきている所以です。

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posted by Kazuki at 21:22| 『日々これ紙片』